2006/02/04

ヨーロッパ型って何よ。

 近年、日本はアングロサクソン型社会になるべきか否かという議論が盛んだ。米国や英国のような『小さな政府』に切り替え市場原理主義を導入し、国際金融やIT技術の世界で競争力をつけなければ、グローバリゼーションの中で生き残れないというものだ。これに対し、反グローバリゼーション、反『市場原理主義』の人々は、アングロサクソン型ではなくヨーロッパ型を目指せと主張している。だが、そもそもヨーロッパ型社会とは何なのであろうか。ヨーロッパと一口に言っても、現在のEU加盟国だけで25カ国あり、アングロサクソンの一員であるイギリスやアイルランドを除いても政治状況も国民性もそれぞれが大きく違う。通貨統合など経済的にはある程度ひとつになっているが、政治・政策面では共通点はそれほどなく、国間の財政移転がほとんどないなど欧州議会などのEU本部の影響力もごく限られたものである。まして、最近は欧州憲法自体がフランス・オランダ等国民投票で拒否された国もある。このような状況で、これがヨーロッパ(大陸)だと1つにまとめるのは難しいだろう。では、日本が目指すべきヨーロッパ型社会とは、どのようなものなのだろうか。以下、これについて論ずる。

続きを読む "ヨーロッパ型って何よ。"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「平成の大合併」はなぜうまくいかなかったのか

 「平成の大合併」も、いよいよ大詰めを迎えている。平成11年3月に3232あった市町村が、今年の4月には1820まで減るという。だが、この「平成の大合併」は、本当に成功したと呼べるのだろうか。合併促進のため、政府は合併特例法の制定や地方自治法などの改正、さらには合併特例債をはじめとするさまざまな財政上その他の優遇措置を行ったが、これから合併の協議を進めていく自治体を含めても目標とされていた1000市町村には程遠い。また、「南セントレア市」をはじめ、合併が破談となり住民の間に亀裂を生じさせてしまったところや、完全に破談は免れても一部市町村の離脱によって飛び地合併や実際の生活圏と合わない行政単位になってしまい、本来の目的であった行財政の効率化が図れなくなった例も散見される。また、合併自体は予定通り実行できたところでも、合併特例債や市への昇格といったステータス狙いばかりが先行して、何のために合併しどのような自治体を作るのかという最も重要な部分が軽視され、住民の不満につながっているところも多い。
 このような事態は、なぜ生じてしまったのだろうか。もちろん、それぞれの地域の首長・議員や自治体職員のエゴや、住民の無関心といった、その地域の責に帰すべき理由もあるだろう。だが、根本的には、政府の目指した合併の目的自体に問題があったのではないだろうか。以下、これについて論ずる。

続きを読む "「平成の大合併」はなぜうまくいかなかったのか"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/01/30

林業国有化論

日本の第一次産業は、経済発展や産業の高度化に伴って衰退が進んでいるといわれる。その中でも、林業の凋落は特に著しいようで、競争力はほとんどないといってもいいのが現状だ。ならば、日本では林業はやめてしまい、もっと競争力のある産業に特化すればいいのだろうか。しかし、それには林業の外部性は大きすぎる、いや大きすぎてやめるわけにはいかないが、経済的にいかんともしがたく各地で森林の荒廃が進んでいる。では、この状況を打開するために何をすればいいのか。以下、これについて論ずる。

続きを読む "林業国有化論"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/01/21

CSRは環境だけでよいのか

近年、企業の社会的責任、CSRが注目を集めている。日本企業も多くがCSR報告書を作成し、投資家や消費者に向けて公開するようになった。だが、その内実はというと、一昔前の環境報告書とほとんど変わらず、地球環境・自然環境の保護に対する記述がほとんどで、それ以外の従業員や顧客・取引先、あるいは地域社会に関することは申し訳程度でしかない企業もまだまだ多い。また、地球環境・自然環境以外への社会貢献も十分に行っている企業でも、それを積極的にアピールしている企業はごくわずかである。営利活動であれ社会貢献であれ、どれだけ意義のある活動をしたとしてもそれが伝わらなければ片手落ちであろう。だが、これは企業の側だけに問題があるのだろうか。以下、これについて論ずる。

続きを読む "CSRは環境だけでよいのか"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/12/21

書評:「大型店とまちづくり」(矢作 弘、岩波新書960)

大型店がいかにして地域商業を、地域経済を、地域社会を破壊するのか。
この本には、その最も顕著な実例が描かれている。

その中でも、もっとも多く「敵」として取り上げられているのは、
やはりアメリカ一、いや世界最大の小売業、ウォルマートである。
ウォルマートが「Everyday Low Price」を実現するために
どれだけ地域社会に、社員に、そして仕入先に大きな負担をかけているか…。

続きを読む "書評:「大型店とまちづくり」(矢作 弘、岩波新書960)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/08/03

「オールドタウン」の再生

 近年、多摩ニュータウンや千里・泉北ニュータウンといった大都市郊外ニュータウンの「オールドタウン」化が進んでいるという。かつてニュータウンが造成された際に入居した団塊の世代がいっせいに定年を迎え、行くところもないまま地域にたまっているというのだ。特に初期に作られたニュータウンには、商業・娯楽施設もほとんどなく文字通り寝に帰るだけの「ベッドタウン」だったところが多い。しかもニュータウンは同時期に分譲されたところは同じ価格帯なので、ライフステージ・収入や社会的階層が均一であることが多く、そのためひとつの地域内では子供の入学・進学も退職もすべてが同時期に起こってしまうのでより問題を深めている。しかも、彼らは出身の地方へ帰るわけではなく、また社会に出る年齢に達した子供も両親を世話しながら(あるいは両親に代わって)地域に住み続けるのではなく、両親を残して独立し都心に近い高層マンションなどに住むことが多い。このままでは、残された高齢者たちがいなくなってしまい、地域はゴーストタウン、いやむしろかつてあった自然も地域社会も残らない『焼き畑ニュータウン』になってしまう。行政も生徒が少なくなった小中学校を福祉や地域交流のための施設に建て替えるなど努力はしているが、思うように成果は上がっていないようだ。さらに初期に建てられた団地は5階建て以上でもエレベーターがないなど、バリアフリーの面で現代の基準に達しておらず、年老いた彼らにとって苦しみをより強めることになっている。

続きを読む "「オールドタウン」の再生"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「関西の凋落」は本当か?

先日、国税庁が今年度の日本全国の路線価を発表したそれによると、標準宅地の平均路線価が、ついに東京都では上昇に転じ、前年比+0.4%となったそうだ。大阪府・兵庫県でもでも下落率はついに-5%を切り-4.7%まで下げ止まったが、-5%を切ったのはこのほかには北海道・埼玉・千葉・神奈川・愛知・京都・島根・高知・福岡・佐賀・宮崎・鹿児島と都市部がほとんどであり、地方との格差の拡大には歯止めがかからないようである。中でも、万博で活気付く愛知県は-3.1%、名古屋圏に限れば-2.1%と、大阪圏との差をますます広げているようである。

かつては「大いなるイナカ」と呼ばれた名古屋ではあるが、ここ数年のトヨタをはじめとする東海圏の企業の躍進とそれに伴う名古屋の好景気によって、関西のプライドをいたく傷つけているようである。「大阪は名古屋に抜かれるのか」「いや、向こうは三重と岐阜まで波及効果がない、こっちは京都と神戸を足せばまだ勝てるはずだ」などと、弱気な声も関西中で聞こえる。しかし、それほど関西の現状は悪いのだろうか?先ほどの路線価でいえば、大阪・京都の中心部では地価は上昇に転じている。御堂筋や四条通には、アップルストアやルイ・ヴィトンのような、場合によっては東京にもないような高級ブランドショップの出店が続いている。中小企業にしても、東大阪を中心とする電子部品工業は中国への輸出に引っ張られて、少なくとも東京・大田区よりはだいぶ好調だという話を最近よく耳にする。人口50万人以下の地方都市の壊滅的な状況に比べれば、関西で不況というのは贅沢すぎる言い分にも聞こえる。だが、2002年頃から日本は景気回復局面に入ったといわれているが、関西ではそれを実感している人がほとんどいないように思える。いったいそれはなぜなのだろうか?

続きを読む "「関西の凋落」は本当か?"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/07/30

高齢化社会における携帯電話の姿

出生率の低下、平均寿命の長期化によって高齢化社会は日本だけではなくますます進んでいるが、これまでの携帯電話は、日本では主にメールやインターネット・ゲームなど豊富なコンテンツを売りにする若者向け市場、欧米ではスケジューラーや社内アプリケーションとの接続などPDAを取り込んだ多機能を売りにするビジネス向け市場を中心にしてきており、高齢者向け市場はどの企業からもないがしろにされてきた。そんな中、日本では高齢者にターゲットを絞り、電話しかできない、すなわち使い方が簡単なことを売りにした携帯電話「ツーカーS」が大ヒット商品となった。たしかにこれも、高齢者向け携帯電話のひとつの形だろう。ITのことなどまったくわからない高齢者に対し、極度に機能を単純化し固定電話感覚で使用できるものにしている。しかし、これからの高齢者がすべて「ツーカーS」の想定ユーザーのような人々ばかりではない。企業でパソコン・ワープロが使われだし、家庭にもコンピューターゲームが入ってきて日本でもすでに20年以上がたち、高齢者=ITに弱いという図式はもう成り立たなくなっている。実際に、パソコンを駆使しインターネット上で活躍する高齢者も、男女を問わず増え続けている。だが、彼ら・彼女らも気持ちは若者同様で中には壮年期に働いていた以上に趣味に起業にボランティアに活動しているはいえ、完全に若者やビジネスマン向けに作られた今の携帯電話では満足できない部分もあるだろう。そこで、本レポートでは、これからの消費の中心となっていくと思われる彼ら・彼女ら「アクティブ・シニア」市場をターゲットとした携帯電話の姿について、ハードウェア(端末)・ソフトウェア(コンテンツ)・ネットワーク(システム)のそれぞれについて提案していく。

続きを読む "高齢化社会における携帯電話の姿"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

郵政公営化論

郵政民営化に関する論議も、いよいよ最終局面にきているようだ。だが、一時に比べ、世論の関心は郵政民営化の是非よりも、それによって政局がどう動くかという点にしかないように思える。おそらくそれは、郵政民営化に関する賛成派・反対派それぞれの議論がかみあっておらず、そのため(特定郵便局関係者などの)当事者ではない国民にとってどのような影響があるのかが見えてこないので関心を失っているのであろう。

小泉首相をはじめとする賛成派の主張は、郵貯・簡保の資金を自主運用させ、特殊法人等へのカネの流れを断ち切ることで『構造改革』につなげるというもので、郵便事業におけるユニバーサルサービスは維持するというものだ。一方、反対派の反論は、郵便のユニバーサルサービスを維持するためにも郵貯・簡保の運用益が必要であり、そのため国営による一体運用が必要だというものである。両者の議論がかみ合っていないのは、郵便と金融というまったく違う事業を区別せずに論じているからではないかと考える。

現在の政府案では、郵便会社と貯金会社・保険会社、そしてこの3社から業務を受託する窓口会社の4社に分け、その上に持ち株会社を置くが貯金会社・保険会社は早期に完全民営化することになっている。そこで、以下それぞれの事業ごとに民営化の是非、ユニバーサルサービスの維持の可能性について論ずる。

続きを読む "郵政公営化論"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

地方都市中心街復活の方策

1998年の「まちづくり三法」制定以来、日本各地で中心市街地活性化に向けた取り組みが始まっている。しかし、特に人口50万人以下の地方都市の中心街においてはほとんど成果が上がっていない。郊外店、あるいは東京や大都市との競争に敗れ、中小小売店・大型店を問わず倒産・閉店が相次ぎ「シャッター通り」化が進んでいる。

その一方、中心街から少し離れた住宅地や小さな市町村にある商店街の中には、数少ないが近隣社会と(時には自治体・NPOを通して)強い関係を結び、地域コミュニティの核となりまた自らも繁栄する商店街も存在する。この差はどこから起こるのだろうか。中心街がそれらの商店街のように復活する道はないのだろうか。

続きを読む "地方都市中心街復活の方策"

| | コメント (0) | トラックバック (0)