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2009/06/14

あらゆる嗜好は平等である。あらゆる表現は平等である。

http://d.hatena.ne.jp/ymScott/20090510/1241949759#c1241966782とかhttp://d.hatena.ne.jp/tikani_nemuru_M/20090529/1243539743#c1243688677http://d.hatena.ne.jp/tikani_nemuru_M/20090604/1244099132#c1244320734で暴れているが、あまりにもひどいものを見つけたので書くことを抑えられなくなった。

http://d.hatena.ne.jp/mojimoji/20090610/p1
http://d.hatena.ne.jp/mojimoji/20090611/p1
http://d.hatena.ne.jp/mojimoji/20090611/p2

この世に、「存在意義のない」、「存在を許されない」ものなんてあるわけがないだろう。少なくとも、「死刑反対論者」(http://d.hatena.ne.jp/mojimoji/20080424/p1)が主張していいものだとは思えない。

まあ、そちらの話に乗って、今回槍玉に上がっているような表現の意義について述べることにする。
その前に大前提として、「人権」は全ての人が平等に持つものであり、他者の権利を侵害した者であってもその者の権利が奪われることはないということを確認しておく。たとえ犯罪者であっても、罪を償った後は「また罪を犯すかも」と偏見を持ち、差別することは許されないことだし、また窃盗犯や殺人犯は正式な裁判を受け、たとえ死刑になるとしても手続き上の正当性が確保された上で絞首台に上るが性犯罪者は私刑によって裁判なしに吊るされてもよいということなどはありえない。ここは「自明なこと」としておく。

今回みなが問題にしているのは「女性差別」のようなので、差別や平等についての話をさせていただく。
そもそも、今回槍玉に上がっているような表現、レイプや児童ポルノ等現実に両者の合意の上で合法的に実行することが不可能な行為を指すが、そもそも大多数の人はそんなものを見ても性的興奮など覚えない、むしろ萎えたり嫌悪感を感じるのが普通だ。「男は皆レイプ表現・行為に興奮する」という前提で話をしているあまりにも意識の低い人もいるみたいだけど、そんなのはすでにフェミ内ですら少数派だろう。しかし、少数の人はそういう表現でも性的興奮を覚えてしまう、さらにそのうちのごく少数はそういう表現でなければ性的満足を得られないような人であり、だからこそ、彼ら特定の嗜好を持ってしまった者のために、そういう表現は存在するのだ。もしそういう表現がなければ、彼らは現実の誰かに手を出すことでしか他の嗜好の者が得ているような性的満足を得ることはできないし、またそれは絶対に許されないことなのだから。
そして、その特定の嗜好を持つ人というのは、多くが物心ついたときからそうだった、先天的としか思えない(かといって遺伝というわけでもない)人が多くおり、また「環境の影響」にしても、そういう表現だけが特定の嗜好を発現させるわけではなく、何がきっかけになるかはわからないが、少なくとも「自己責任」でないことだけは確かだ。
私は、彼ら特定の嗜好を持った者は、ある種の「障碍者」であると考えている。確かに、インフルエンザのようなウイルスをばら撒くのは他者危害であり、保菌者は隔離し強制治療するのは当然なのだから、同様に他者危害のある「障碍者」は強制治療されるべきだと言う考えは成り立つが、少なくとも、現状で苦痛なしに嗜好を矯正する、「治療」する術がないからといって一生閉じ込めておくのは、レイプに匹敵する、いやそれ以上の人権侵害だ。そして、法的であれ自主規制であれ、表現を彼らから奪うことはそれに近いものであると考える。無論、だからといって実際の行為に出ることが許されるわけではないが、特定の嗜好を持っているというだけで、何の行為にも出ずただ表現を消費して処理しているだけの者に他の嗜好と違う特別な負担を押し付けたり、まして「排除」することは女性差別と同様に許されない差別だ。
それは「人の不安なんか知ったことか、そんなことより俺のオナニーの方が大事だ」と公言しているようなものだ、だからhttp://d.hatena.ne.jp/ymScott/20090528/1243502515で紹介されているロリコン向け雑誌のように、せめて「恐怖」「不安」という「他者危害」を取り除く努力をしろという批判もある。しかし、これが外国人やホームレスだと考えてみればいい。いくら「差別者」側が心底不安や恐怖を感じているとしても、その不安を取り除くために「被差別者」側が特別な負担をしなければならないというのはどう考えても差別的な扱いだろう。負担そのものよりも、その負担を負っていることそのものが「レッテル」としてはたらき、特定の嗜好、およびその嗜好を持ってしまった者への差別を温存・強化するものではないだろうかと考える。
女性差別の解消は当然必要だし、そのためには「逆差別」といわれようともアファーマティブアクションのような積極的手段をとらなければならない場合もあるだろう。しかし、「逆差別」であっても、対象となる「被差別者」を対象者以外の者以上に引き上げるもので、少なくとも対象者以外の者同士の関係になんら変わりはない。だが、女性差別を解消するために特定の表現に対して規制・制限を加えるという今回のやり方は、好意的に見ても女性差別が解消される代わりに特定の嗜好を持つ者への差別が増える、差別同士のトレードオフに過ぎないと考える。

また、表現によって傷ついている、「恐怖」「不安」を覚えている人がいるのだから、それに対処するのは当然だという批判も多い。しかし、どういう嗜好を持って生まれつくか、あるいは後天的になってしまうかは選べないのと同様に、どのような表現によって傷ついてしまうのかどうかも選べないものだ。99.9%が「そんなもので勃つのか?」と思うような嗜好を持った人がいるのと同じように、99.9%が「そんなもので?」と思うような表現で傷ついてしまう人もいる。仮に生きとし生ける全ての者に(さすがに過去の者にまでは不可能だ)この表現で傷つくことはないという確認を取ってから発表したとしても、その後の経験によってその表現に傷つくように変わってしまう可能性は十分にある。ましてその後に生まれたものにおいては。そういう意味で、誰をも傷つける可能性のない表現などありえない(そうである以上、表現する者は皆「生きるために他の生物を殺して食う」ことと同程度の業を背負っているのだという自覚は必要なのかもしれないが)。
しかし、10000人を傷つける表現は許されず、1人だけを傷つける表現は放置されるというのは、それこそ不平等というより多数派による少数派の圧殺だ。許されるはずがない。だからといって、1人でも傷つけるのならばその表現は排除されるべきなどということはありえない。いくらまっとうな政府批判であっても、それは間違いなく政府の「中の人」を傷つけるものであり、それによって「傷ついた」ことを理由としていくらでも都合のいい「圧殺」ができることになる。まして、「『南京はなかった』という表現に傷ついている」と主張する人と、「『南京はあった』という表現に傷ついている」と主張する人を同列に救うことは不可能だろう?でも、同列に救わないことならできる。仮に片方の表現が許されないことだとしても、それは少なくともその表現に傷ついている、「恐怖」「不安」を覚えている人がいるからだという理由ではありえない。
だからこそ、1人を傷つける表現であっても、1億人を傷つける表現(無論ヘイトスピーチを含む)であっても、あらゆる表現は平等であるがゆえに、あらゆる表現は自由なのだ。

確かに、http://d.hatena.ne.jp/tikani_nemuru_M/20090609/1244484026に引用されているような、性犯罪の2次・3次被害はあまりにもひどい。緊急避難として、他者の「人権」を直接奪ってでも、特定の嗜好を持った者への差別を強化し、彼らを「冤罪」を被せてでも対処されなければならないという業を背負う、覚悟の元でするのであれば、理解できない話ではない。が、仮にそうだとしても、メーガン法とか出所者へのGPS装着とか、実際の行為に出た者の「人権」を奪って対処するほうが先だろう。少なくとも、彼女たちのために犠牲になる、「冤罪」を被せられる側としては抵抗するのは当然のことだ。

脅迫か暴力のどちらかなしでは生きていけない自分が人と人の間に安住できるなどと思うな。そこに開き直る人間がいる限り、性暴力を恐怖する人々は安心して生きていくことはできないのであり、故に、両者は並び立たず、並び立たないならば、僕は性暴力を恐れる人たちの側につく。倶に天を戴かず、ということだね。(http://d.hatena.ne.jp/mojimoji/20090610/p1

この発言自身、他害を止められない知的・精神障害者や認知症患者は、存在意義がないのだから「排除」されるべき、最低でも隔離されろといっているに等しい。特定の嗜好を持った者へのヘイトスピーチならばそれこそ意図したところだろうが、これは障害者一般へのヘイトスピーチといっても過言ではない。
そもそも今回言われている規制論は、いつもの「その表現が直接触れた者の意識を変える、それが他者危害をもたらす」というゾーニングで解決できるものではなく、「その表現が存在するだけで、表現の中身に触れなくてもその存在を知ったものの意識を変える、その表現の存在自体が他者危害をもたらす」という理屈によってなされていることなのだが、「存在」自体が「他者危害」であるという理屈は、このように一般的な身体・知的・精神・発達障碍者や、同性愛者など他の「異常」性癖を持つ者、さらには黒人やムスリム等を「『恐怖』『不安』という『他者危害』を与える者」として何の行為に出ていなくとも排除する、よりひどい差別行為を生み出すことに他ならない。だからこそ、どのような嗜好であっても、実際の行為に出ない限りは自由であり、また他者の権利と直接的に衝突しない限りどんなに過激なものであっても受け入れなければならない、どんなに不快なものであっても「その権利は命を賭けて守る」、その原則を曲げるわけにはいかないと考える。

(6/16 8:00 追記)
長い時間かけて書いている間に、どうやら向こうは全面撤回したようだ。
http://d.hatena.ne.jp/mojimoji/20090615/p1
あれが「障害者一般へのヘイトスピーチ」であるという指摘が効いたんだろう…と一方的な勝利宣言をしておく。まあ、実際にはsk-44氏の批判(http://d.hatena.ne.jp/sk-44/20090615/1245056910)が原因なんだろうとは思うが。

それはともかく、猫氏から応答というか新たなエントリが届いている。
http://d.hatena.ne.jp/tikani_nemuru_M/20090615/1244992661

現在の、自主規制とは名ばかりの公権力による恫喝がまかりとおることには危うさをおぼえます。エロゲだからこうした恫喝を許すというのでは、これもポジショントークだの表現の自由へのフリーライドだのといわれても仕方ありますまい。私はこうした恫喝にははっきりと反対し、同時に制作サイドが性暴力問題や児童性虐待問題に何らかのコミットメントすることを求めます。理想をいえば、ゾーニング・レーティングなどの自主規制は、私的自治の圏域において、役人を相手ではなく、性暴力や児童の性被害問題にコミットしている方たちも巻き込んだ公開の議論をへて決定されるのが望ましいでしょう。公開の議論が前提ならば、差別問題へのコミットメントが製作者にとっても現実的な益になっていくでしょう。作品のクオリティが高まるという副次的な効果もあるかもしれません。問題の深刻さや被害者の心情を知って、そのうえでなお表現したいことがあるのなら(そういう表現者もとうぜんいるでしょう)、陵辱をテーマとした作品を作ればいいのです。そこではおおきな応答責任が求められることにはなりましょうが。

たしかに、エロ表現の製作者が現実の性暴力・性的虐待問題にコミットすることは有益だろう。「エロ表現業界全体として」取り組むのであれば大賛成だ。しかし、上でも書いたとおり、それが特定の嗜好を持った者、および彼ら向けの表現にのみ課せられる負担なのであれば断固として反対する。あらゆる嗜好、あらゆるエロは平等であるという原則を譲るわけにはいかない。
また、「被害者」側との議論もあっていいが、それが規制であれ自制であれ表現を制限することありきのものになってはいけないと考える。その議論の結果としてより深いゾーニングを行うというのであれば、同時にそのゾーン内ではより過激な、もっといえばより差別的な表現を、他の嗜好と同様にどこまで追求しても構わない(無論現実の誰かを合意なく襲うようなものは認められないが)ということの代償なのであれば妥協できると私は考えている。

(6/22 0:06追記)

怖がっている女性どころか、現実に性犯罪の被害に遭った人が他の被害者たちを励まそうとその事実を公表して開いているサイトに押し掛けて、お定まりの「やってから言え」「二次元無罪」を言い立てる。悪質な書き込みに困って、せめてHNを、と求めると、人に名乗ることを要求するならお前が実名を名乗れ、と開き直る。揚句は性犯罪の被害者なのはわかったから、さっさとその事実を受け入れて忘れろ、レイパーを許し、エロゲを許せ、と平然と書き込む。

そういう発言をすること自体が強姦に準ずる行為なんだよ。まさかそれで抜いてるんじゃあるまいな。
(http://tamanoir.air-nifty.com/jours/2009/06/2009619.html)

もしこの加害者たちが、本当に性犯罪の被害者にこのような罵声を浴びせることによって性的興奮を得られるような嗜好を持っている、もっといえばそれでしか勃たないように生まれついたorなってしまったのだとしたら、彼らのためにこそ、彼らが現実の女性に罵声を浴びせることなしに他の嗜好と同様に性的満足を得られるような表現が必要なのだと考える。そんなもの流通できるのかという以前に開発可能なのかとは正直思うが。

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受信: 2009/06/19 13:38

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