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2008/04/25

死刑判決への反応を見て考えた。

20XX年。
キリスト教諸国で死刑廃止が進む中、日本ではその流れに逆らって「厳罰化」が進んだ。

特に裁判員による裁判では、殺人の場合殺したのが1人でもよほどの情状がない限り死刑判決が出るようになり、また傷害致死・強盗致死・強姦致死はもちろん、過失致死においても飲酒運転などの重過失がある場合には8割がた死刑判決が下されるように(上級審でその3,4割は覆されるが)なった。
また、政府は「死刑とは遺族および社会の復讐の国家による代行である」と開き直り、遺族の希望により公開処刑を行えるようにした。公開処刑を行う場合の入場料や放映権料は、遺族への賠償金に追加される。(それがなくとも十分な国家賠償が行われるが。)また、これまで死刑執行には大臣の署名が必要だったものを遺族全員の同意に改め、当日はその遺族全員が執行ボタンを押すことになるが、その場になって遺族の1人が意見を翻し、執行が中止になるケースも何%かある。この場合、死刑囚は再び収監されるが、再び遺族の同意が得られた場合いつでも執行することができるようになっている。
なお、遺族はこれまで通りひっそりと処刑を行うこともできるが、この場合も遺族全員がボタンを押さない限り執行されないのは同様である。また、この場合遺族が望まなければ死刑を執行したか執行せず終身収監することを選択したかも含めて公開はされないのだが、これは死刑囚を「生きているのか死んでいるのかすらわからない」状態に置くことで、どんな残虐な殺し方をするよりも残酷な扱いだという非難が海外からあがっている。
だが、「執行ボタンを押す遺族がいたら処刑されるから」と、無関係の親戚を殺そうとした殺人犯も何人かおり(幸いそれによる追加被害はまだ出ていないが)、もしその意図により一族郎党皆殺しにされ、執行ボタンを押せる遺族がいなくなった場合どうすべきなのか物議をかもしている。
この公開処刑の導入により、犯罪率は大きく減少している。だが、それは「厳罰化」により死刑になる確率が高まったとして犯人が思いとどまっているのではなく、多くの人が持つ他人が死ぬところ、苦しむところを見てみたいという黒い欲望が、犯罪や殺人を犯すというリスクを背負わなくても公開処刑によって満たされるようになったことによる効果だという分析が主流である。
なお、今のところ、死刑執行後に冤罪であると判明したケースはまだない。

個人的には結構これ理想に近いかもなんですが、どうでしょう。

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