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2006/02/04

ヨーロッパ型って何よ。

 近年、日本はアングロサクソン型社会になるべきか否かという議論が盛んだ。米国や英国のような『小さな政府』に切り替え市場原理主義を導入し、国際金融やIT技術の世界で競争力をつけなければ、グローバリゼーションの中で生き残れないというものだ。これに対し、反グローバリゼーション、反『市場原理主義』の人々は、アングロサクソン型ではなくヨーロッパ型を目指せと主張している。だが、そもそもヨーロッパ型社会とは何なのであろうか。ヨーロッパと一口に言っても、現在のEU加盟国だけで25カ国あり、アングロサクソンの一員であるイギリスやアイルランドを除いても政治状況も国民性もそれぞれが大きく違う。通貨統合など経済的にはある程度ひとつになっているが、政治・政策面では共通点はそれほどなく、国間の財政移転がほとんどないなど欧州議会などのEU本部の影響力もごく限られたものである。まして、最近は欧州憲法自体がフランス・オランダ等国民投票で拒否された国もある。このような状況で、これがヨーロッパ(大陸)だと1つにまとめるのは難しいだろう。では、日本が目指すべきヨーロッパ型社会とは、どのようなものなのだろうか。以下、これについて論ずる。
 そもそも、普通の人が『アメリカ・イギリス型じゃないヨーロッパ型社会』として一番に思い浮かべるのは、スウェーデン・フィンランド・ノルウェー(EU非加盟だが)のような、北欧型社会民主主義だろう。特にものづくりにおいて高い国際競争力を持つことを前提に、そこで稼いだ富を政府が累進性の高い高税率で回収し、低所得者・高所得者を問わず高福祉を実現するというものだ。特に子育てや教育に力を注ぐことによって技術力・競争力が強化され、また貧富の格差が小さいことで治安も比較的いいため、労働者だけでなく企業も高い税負担ながら満足度は低くない。話だけならバラ色に思える。
 しかし、ヨーロッパ大陸がすべて北欧型の社会だというわけではない。その対極に位置するのが、イタリアやスペイン・ポルトガル、あるいはフランス(南部)といった地中海沿岸の国々であろう。労働者の権利保護が強いという点は北欧型と同じだが、それが雇用の流動性を阻害し、高失業率が続いている。地域社会や家族の力が強い分、子育てや高齢者介護などの公的サービスは不十分だとも言われる。また、勤勉さに欠け、仕事より遊びを優先するため生産性も低いともいわれているが、反面ファッション産業や文化・芸術面ではまだまだ絶大な力を持っている。それを活かした『スローフード・スローライフ』的な観光産業も盛んだ。
 では、日本が進むべきなのはどの道なのだろうか。反アングロサクソン型を主張する人は、北欧型を理想とすることが多い。高い技術力による高付加価値製品の製造業を経済の核とし、貧富の差が少なく治安のよい社会を目指すというのが、これまで日本がたどってきた道をそのまま延長したものに見えるのがその大きな理由だろう。だが、北欧型が先に述べたようにいいことずくめのものならば、フランスやドイツなどでも導入され、結果を出していてもいいはずだ。なぜそうなっていないのだろうか。それはやはり、これが北欧の気候・風土に根ざしたものだからだろう。北欧諸国は首都でも北緯55°以上にあり、氷河地域など冬の寒さが大変厳しいところが多い。日本でも、この冬の大寒波で新潟を初め大きな被害が出ているが、そのような寒冷地での生活を考えると、厳しい自然から住民を守るものとして温暖な地域よりも『大きな政府』を指向するのは当然といえよう。北海道・東北・北陸・信越・山陰といった寒冷地は北欧型社会との親和性が高いだろうし、これまでの東海・近畿などのように製造業中心の経済を継続するのであれば、温暖な地域であっても導入しうる。
逆に、沖縄を筆頭に九州・四国・瀬戸内・南近畿といった温暖な地域では、南欧型社会になっていってもいいのではないだろうか。昨年、「下流社会」という言葉をヒットさせた三浦展氏は、『「下流」社会の拡大で、良い影響として考えられるのは「大文化国家」だという。少数の頑張りで豊かな国になり、「その恩恵で意欲が低い人も歌って踊っていられる社会。その中から、マドンナやマイケル・ジャクソンが出てきてもいい。今、日本が芸術やスポーツ分野で素晴らしいのは、そういう社会だからだ」』 という。これこそ南欧型社会ではないかと私は考える。イタリアやスペインは、アングロサクソン型や北欧型に比べて経済的に劣っているかもしれないが、それを「下流」という人はいない。むしろ、西日本が南欧型社会になれば、音楽・映画・お笑いといった芸能・芸術分野やファッション・スポーツ、そして『萌え』産業を含むアニメ・ゲームや、京都・奈良など伝統文化を中心とした観光産業など、一大コンテンツ大国になりうる可能性を持っているともいえよう。
ヨーロッパでは、EUという国家連合の元で、アングロサクソン型・北欧型・南欧型の国々が共存している。EU自体を1つの国家と見れば、「究極の地方分権」ともいえるだろう。南北に長く、気候の多様さではむしろヨーロッパ以上とも言える日本も、同じやり方が使えるのではないだろうか。すなわち、道州制とし、それぞれに社会体制まで含めた広汎な自治・決定権を与えると同時に、道州間の財政移転や日本政府の各地域への介入は最小限とし事実上分国制とするのである。日本の各地域は、人口的にも経済力的にもEUの各加盟国に劣らないのだから、北海道や沖縄でも十分やっていける可能性はある。場合によっては、日本円から抜け出し独自の地域通貨に移行することで、他地域との経済格差を緩和することも可能だろう。もちろん、イギリスのように「世界の金融センター」を目指すのであれば、東京・関東だけアングロサクソン型にし、金融やIT産業に力を注ぐということだってできる。
日本が目指すべきヨーロッパ型社会とは、アングロサクソン型を含めたさまざまな社会体制の地域が、EUのごとく緩やかに連合したものではないだろうか。近年「東アジア地域共同体」を唱える動きが盛んに出ているが、場合によっては、この「日本連合」の拡大が、そのまま「東アジア連合」につながっていく可能性もあるだろう。

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