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2006/01/30

林業国有化論

日本の第一次産業は、経済発展や産業の高度化に伴って衰退が進んでいるといわれる。その中でも、林業の凋落は特に著しいようで、競争力はほとんどないといってもいいのが現状だ。ならば、日本では林業はやめてしまい、もっと競争力のある産業に特化すればいいのだろうか。しかし、それには林業の外部性は大きすぎる、いや大きすぎてやめるわけにはいかないが、経済的にいかんともしがたく各地で森林の荒廃が進んでいる。では、この状況を打開するために何をすればいいのか。以下、これについて論ずる。
農業や漁業に比べても、林業従事者は厳しい状況にある。安価な外材に押され、現在日本における国産材のシェアは2割程度で推移している 。かつてのように価格競争力がまったくないというほどではないようだが、そのしわよせは生産者の収入源という形で現れている。農林水産省の調査 によれば、林家の1戸当たり林業粗収益(売上)は年間250万円、林業所得(利益)に至っては41万円と、フリーター並みで専業ならばまず食べていけない水準にある。第一次産業内で比べても、一般の農家は1戸当たり農業粗収益(売上)で389万円、農業所得(利益)でも126万円 があり、家族経営の漁業(漁船)でも1戸当たり漁業収入(売上)が530万円、漁業所得(利益)が220万円 となっており、売上も利益率も相当高く決して楽とはいえないまでも林家に比べれば相当ましな状況にある。
だからといって、農業や漁業ではある程度なしえた経営改善ができるのかというと、こちらも相当難しい。国産材をブランド化しようという動きもあるにはあるが、農畜漁産物のように味や安全性といった差別化要因が少ないためほとんどうまくいっていないようだ。産業としての日本の林業は、すでに維持する意義はなくなっているといっても過言ではない。 だが、競争力がないからといって、木材需要はすべて輸入でまかない、国内林業は捨てて山林を自然に帰せばいいのだろうか。もちろんそんなはずはない。森林には木材等の生産以外にも重要な機能があるからだ。その中で最も大きいのは、治山・治水機能であろう。一昨年の福井豪雨を初め、近年豪雨災害が増加している。これには、温暖化など地球環境の変化による異常気象もあるが、やはり山林や水田の保水機能の低下が最大の原因であろう。山林の手入れがなされないことで、土壌の保水機能が低下し降った雨がすぐに河川に流れ込むようになってしまい、降雨量からは考えられなかったくらい水量が増え堤防の決壊や氾濫につながった例が、日本各地で数多く見られる。また、山中に放置された間伐材などが河川を下り、橋梁などに被害を与えた例もあるようだ 。もちろん、地球温暖化防止や大気汚染の緩和のための二酸化炭素の吸収という機能も大きい。森林は外部性で言えば水田などの比ではなく,国土の安全に関わるものだといえる。農業は国内生産を捨ててすべて輸入でまかなうことができても、林業は都市部のためにも止めるわけにはいかないといえる。だからこそ、林野庁だけで年間林業生産額4370億円 に匹敵する、3770億円(平成18年度予算案、一般会計のみ) が支出されるといえよう。
このように、林業は産業としては成り立たなくなってきているにもかかわらず、外部性は大きく、しかも近年の山林の荒廃によりその影響も多く指摘されるようになっている。ならば、営利事業としては成り立たないのだから、むしろ国防や警察・消防のように国営・公営で行ってもいいのではないだろうか。すでに日本の山林の4割は国有・公有林である ので、不採算の民有林を希望者から無償で引き取るといえば、一部大企業の経営する山林を除いてほぼ全部を国有・公有にすることも不可能ではないだろう。それと同時に、拡大する国有・公有林野事業については、それまでの林業経営者・労働者を使うことで、雇用を確保しその上で効率化を図ることも可能かもしれない。その場合には、現在の林業が完全に山村がベースであるため職業としての人気が最低レベルであるという問題があるので、都市部からの「通勤」でもやっていけるような方策を考えるべきであろう。このやり方では実質的に強制収用だというのであれば、現在の保安林制度の拡大によってそれに変えることもできよう。現在でも保安林は国有林・公有林・民有林合わせると森林のうち4割を占めている が、これをすべての森林に適用し、かつ自ら適切な整備を行わない森林の税率を上げ(または高額の罰金を徴収し)、それを財源に国・自治体が民有林に入り適切な整備を請け負うことで、実質的に国有・公有と同レベルの管理が行えるようにすればよいのではないだろうか。
このような施策は、近年の「官から民へ」、「小さな政府」の動きに反するかもしれない。しかし、「小さな政府」論者でも、警察・国防といった安全対策にはむしろこれまで以上の予算を割くことを主張する人も多い。無駄な公共事業が多く、治水事業など安全にかかわることでもオーバースペックだという主張も一時期盛んだったが、ここ数年の自然災害増加でそのような声は小さくなっている。ならば、こちらも治山、すなわち安全のためのものであるならば、むしろ公の関与を増やすべきなのではないだろうか。

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