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2006/01/21

CSRは環境だけでよいのか

近年、企業の社会的責任、CSRが注目を集めている。日本企業も多くがCSR報告書を作成し、投資家や消費者に向けて公開するようになった。だが、その内実はというと、一昔前の環境報告書とほとんど変わらず、地球環境・自然環境の保護に対する記述がほとんどで、それ以外の従業員や顧客・取引先、あるいは地域社会に関することは申し訳程度でしかない企業もまだまだ多い。また、地球環境・自然環境以外への社会貢献も十分に行っている企業でも、それを積極的にアピールしている企業はごくわずかである。営利活動であれ社会貢献であれ、どれだけ意義のある活動をしたとしてもそれが伝わらなければ片手落ちであろう。だが、これは企業の側だけに問題があるのだろうか。以下、これについて論ずる。
地球環境・自然環境に関しては、いまや取り組まない企業はない、というより取り組まない企業は生存し得ない状況になってきている。ISO14000などの外形的な基準を守るだけではなく、トヨタを筆頭に環境保護や省エネルギー・リサイクルに関する独自技術を持ち、それを環境だけにとどまらない世界的な競争力の源泉としている日本企業も多数存在する。製品やサービスを通じたものだけではなく、植林活動や自然学校の運営などを通じて地球環境・自然環境への貢献を行っている企業も多い。もちろん行動だけではなく社会へのアピールも万全だ。テレビCMや新聞広告では、「ゼロエミッション工場で製造された…」「リサイクル率99%を実現…」といったコピーが躍っている。その結果消費者も、かなり低価格帯の商品でも地球環境・自然環境の保護に取り組んでいる企業とその製品に付加価値を認め、積極的に購入している。つまり、企業が地球環境・自然環境に力を注ぐことは、いまや単に社会的責任として必要なコストではなく、十分にリターンも期待できる投資になっている。企業と地球環境・自然環境、そして消費者との間で「Win-Winの関係」が成り立っているといえよう。
だが、それ以外の従業員や取引先、あるいは地域社会に関してはどうだろうか。残念ながら、地球環境・自然環境とのようないい関係を築き、またそれが社会に受け入れられているとは到底いえない。たとえば、対従業員でいえば、ここ数年で非正規雇用の割合が急激に高まっており、正規雇用との待遇の格差も広がっている。正規雇用にしても大手企業や国・自治体の機関を含め各地でサービス残業問題が頻発しており、残業代は支払われているところでも長時間労働化の流れはとどまるところを知らず、今検討されているホワイトカラーへの裁量労働制の全面導入によってますます拡大しそうな勢いだ。対取引先にしても、大手小売業・サービス業を中心に仕入先へのリベートや応援人員の要求など、「優越的地位の濫用」は日常茶飯事だ。そして、対地域社会においては、ここ数年日本中で郊外型大型店が、中心市街地商業の崩壊や、買い物客による道路混雑や深夜営業による治安悪化といった周辺環境の悪化、さらには撤退後の跡地利用などさまざまな問題を引き起こしている。今問題となっている都市計画法改正による郊外店出店規制についても、大規模小売業側がやりすぎて法規制でなければ止められないところまで至ったものだといえる。
しかし、これらは必ずしも企業だけが悪いとはいえない。これらの問題を引き起こしている企業も、決して米国の企業のように配当などで株主に過大な利益を与えているのでもなければ、経営者が法外な報酬を得ているわけではない。これらのステークホルダーから「搾取」された利益は、ほぼ消費者に流れている、日本の市場はそうしなければ企業の生き残りさえおぼつかない過当競争下にあるといえよう。最近の、「東横イン」のハートビル法違反問題など、まさにその象徴である。あれだけマスメディアが非難の大合唱にもかかわらず、「安ければそれでいい」と宿泊客数はむしろ増えているという。米国でもウォルマートなどの大企業が、安売りのために貧困国での「労働搾取工場」での、人権無視の低賃金長時間労働や児童労働が問題となっているが、それを問題視する市民運動も近年盛り上がりを見せている。また、日本でも「フェアトレード」などの運動が起こっているが、まだ大手企業を巻き込むほどには至っていないようだ。
日本ではまだ大多数の消費者は企業に「安い製品、良いサービス」だけを求め、地球環境・自然環境以外の社会的責任を期待しておらず、従業員や地域社会はおろか消費者の中でもハンディキャッパーや「弱者」に対する責任を無視しているように思える。では、この状況を打開するために企業は何をすべきなのか。
地球環境・自然環境以外の社会貢献に関しても、行動をしている企業はそんなに少なくない。たとえば、オムロンは特例子会社のオムロン太陽・オムロン京都太陽を通じて、障害者の雇用機会の確保に大きな成果を上げている。しかし、その一般社会へのアピールが不足しているのではないだろうか。地球環境・自然環境に配慮した製品については、パッケージにエコマークを張ったり「この商品は〇〇を使用しておらず自然分解して…」という説明が入っている商品は多いが、「この商品は障害者雇用率50%の工場で作られ…」とか「この製品は児童労働を使用しておらず…」のような、それ以外の社会的責任に関わるものを少なくとも日本では見たことがない。CSR報告書をインターネットで公開したり本社や営業所の受付で配布しているといっても、それを読むのはまずその企業に興味があり、なおかつCSRやそこでとりあげられている社会問題に関心のある人だけであり、投資家はともかく大多数の消費者には届いていないといってもいい。もっと多くの人に届く形で、わが社は地球環境・自然環境だけでなくこれだけの社会貢献をしていますと打ち出すべきではないだろうか。松下電器ホンダなどは障害者向けの製品や安全教育などをテレビCMや新聞広告で打ち出し、成功しているといっていい企業だろう。
もっとも、そのようなことをしたら「障害者や地域社会を宣伝に利用した」との批判でかえってイメージが悪くなるリスクがあると考える人もいるだろう。しかし、そのような批判をする消費者や投資家こそ、彼らに対して企業が、株主や消費者が果たすべき社会的責任などないと考え、その実現を阻害する存在である。そのような消費者や投資家を一人でも多く社会的責任を果たす存在に変えていくこと、それによって企業と社会、そして消費者や株主との間に「Win-Winの関係」を築くこと、それこそがこれからのCSRの役割ではないだろうかと私は考える。地球環境・自然環境ではできたのだから、不可能な話ではないはずだ。

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